犬が可愛いと思えない

犬を見て可愛いと思うのは、ほとんどの人にはデフォルトで入ってる感情なのだろう。

このブログを書くにあたってタイトルを何にしようか30秒考えた。 Google検索で犬、と打つとサジェストに犬が可愛いと思えないが出てきた。同じ思いを持つ人はいるものだと思ったらどうやら自分家の犬が可愛いと思えないらしい。
何はともあれタイトルを頂戴した。


早速本題に入る。犬が可愛いと思えない、というのは本当のことだった。二十数年可愛いと思ったことがなかった。
今26なのだが20代に入って犬に対する感情ががらりと変化した。自分はこの歳になっても新しい元素的な感情を抱くので驚いてしまう(もしかしたら人より遅いだけなのかもしれないが)。
小学生の小さな頃に目の前に犬を散歩してる人が来たら、逆側の歩道に移動するか走って犬を追い越すかときには犬が追いかけてきたので全力で逃げたこともある。
犬種は問わない。小さな犬でも怖かった。たまにリードが長い人がいるが、本当にこわいやめてほしいと願っていた。
ましてや犬が吠えてるのはより自分の爪が取れる時よりもこわい。

中学生になっても高校生になってもずっと相変わらず犬が苦手だった。見てみて、うちの犬(ペット)かわいいから見てーといってくる人に対して申し訳ないけどその時代は上辺で答えてたかもしれない。20年も生きているとペットかわいいのくだりは、本当にかわいいと思っていなくても定型文の受け答えをテレビやネットで無意識的に学んでいたようだ。犬がこわい人にとって、ペットかわいいのくだりが小さな処世術の一つになることも学んだ。
仮に私犬苦手だから…といって雰囲気を下げることは誰の特になり得るだろう。


20代に入ってどのように犬に対する感情が変化したかというとまずしっぽである。犬のしっぽだけである。
歩いている犬のぶんぶんしているしっぽだけかわいいと思うような感情が芽生えたことを覚えている。あ犬の一部でも好きになる・かわいいと思う感情生まれた、と自覚したことをよく覚えている。 「歩いている犬のぶんぶんしているしっぽ」と書いたがこれは条件つきの犬に限る。つまり、「吠えている犬のぶんぶんしていないしっぽ」に対しては可愛いと思わない。

そしてここ1年そのしっぽの感情がまたアップグレードした。なんと極稀に犬を見て可愛いと思えるように進化した。
犬のしっぽだけではなく犬一匹全体である。 もちろん全ての犬に対してではないし一部に限るのだけど、特徴としては大きい犬より小さい犬に対して思うようだ。

もしかしたら犬を飼う日が訪れるのかもしれない。